これで良かったんだと言い聞かせてませんか?認知的不協和を考える

心が楽になる考え方
もうたく父さん
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こんにちは、mihoです

miho
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ちゃうねーーーん!

mihoは私やねーーーん!!

突然ですが・・・

 

「これで良かったんだ」

 

と自分に言い聞かせてきたことはありませんか?

 

たとえば、嫌いな同僚や先輩上司、後輩にムッとするようなことを言われても黙って我慢したときや、
ほんとうは愛情のないパートナーとの関係を解消したいのに、長年一緒にいたからと決断を先延ばししたときや、
やりたいことや夢があるのに、今の生活が無難だからと諦めてしまったときなど。

このように、『〇〇なのに、▲▲』という2つの異なる事象が起こったときに、本音を変えてしまう行動ってありますよね。

これを社会心理学では、認知的不協和といいます。

しかしたら、あなたの言い聞かせもこの認知的不協和からくるものかもしれません。

認知的不協和とは

 

認知的不協和(にんちてきふきょうわ、英: cognitive dissonance)とは、人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された。人はこれを解消するために、自身の態度や行動を変更すると考えられている。 有名な例として、イソップ物語のキツネとすっぱい葡萄の逸話が知られる。

 

Wikipediaより引用

 

miho
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うーん、なにやらむつかしいのであります

私の例で説明しましょう。

 

私は幼少期からピアノを習っていました。
それはまぁ、人並に毎日練習していて、自分の周りの小さなコミュニティの中ではいつも「ピアノが上手な子」というようにちやほやされていたのであります。

いつしか「ピアニストになりたい」という夢を持つようになったのですね、僭越ながら。

ですが、大きくなるにつれて周りには自分より上手な子がたくさん現れました。
どんどん、何倍も練習しなければ届かない曲がたくさん出てきました。

その時私は思うのです。

 

miho
miho

「そこまでピアノが好きなわけではないし、やーめた」

とレッスンに通うのをいつしかやめてしまったのであります。

 

 

はいっっっ!
ここです(・∀・)!!!!

 

 

これが、認知的不協和です。

 

「ピアニストになりたい」
という信念の前に、
「自分よりうまい人や難しい曲が現れた」
といったような相反する事象が起きたときに、どちらか一方の解釈をねじまげる。

 

心理学では、自分にとって不都合な事象の解釈を正当化するのでありますが、私にとって不都合な事実は「ピアニストになる」という方だったようです。

 

ただ、この認知的不協和。
コツさえつかめれば、自分がどうしたいかの本音や自分の願望を知る良い手がかりとなりそうです。

信念が強ければ強いほど不快な気持ちは増す

 

さて、人は目の前にある事実を受け止めようとするとき、自分が持っている信念や思考と反発すればするほど不快感を持つようにできています。

 

その反発力は、信念の強さと比例すると言っても良いかもしれません。

 

たとえば、こんな日常のシーンはないでしょうか?

 

洗濯をしようとカゴから洗濯機へ衣類を移動させていると、旦那の靴下が脱いだままひっくり返って入っている。

 

『靴下はきちんと元の向きで洗濯へ出したほうが良い』

 

こんなしつけを幼少期より受けてきた方は、信念も強固になっており、つま先持って脱げばよいのに‥見の前にくるりんぱになった靴下を見て強い不快感と、それによって引き起こされる怒りにさいなまれるのでございます。

 

一方、むしろくるりんぱされていた方が肌に触れる面を洗えるからひっくり返したほうが良いという信念を持っている人や、さほど気にしない人なんかは気にはとめません。

 

認知的不協和は、異なる事象、特に自分の信念と乖離している事象の解釈を正当化する傾向にあります。

 

ということは、『怒りが湧くとき』『不快感』この、感情がキーポイントになりそうなのであります (・∀・)

 

自己肯定感が低さも関係している

 

と、ここで私は気がついたのです。

 

好きな人とイチャイチャ付き合ってるときはのろけばかりだったのに、別れた瞬間から相手の悪口を言う人がいます。

 

これも一種の認知的不協和なのですが。。。

 

反対に、別れてしまうなんて自分ってなんて魅力のない人間なんだろうと思う人もいます。

 

自分を正当化する際に、ネガティブな感情を内に向けるか外に向けるかは状況にもよりますが、より外に向ける人は自己肯定感が比較的高い人、内に向ける人は低い人、と見ることもできそうです。

 

自分では認知的不協和は気付くことが難しいので(内観を続けたり物事を客観視する力が育つといとも簡単に見つけることができますが)気になる方は他人を観察してみると面白いかもしれません。

 

この人は自分を正当化するときに、他者を非難する傾向にあるな。自己肯定感がやや高いのかもしれない、とかね(´・∀・ `)

 

まとめ「これで良かったんだ」と言い聞かせていることを勇気をもって見直してみよう

 

つれづれなるままに、認知的不協和について語ってきましたが、今日私がお伝えしたいことは、「これで良かったんだよね」と思うことがもしあるのであれば勇気を持って見直してみよう、ということです。

 

さきほども触れましたが、認知的不協和は、自分にとって不利益・不都合のある時に事実の整合性はわきに置いて本意ではない言動をすることによって自分を正当化する(自分を守る)ものです。

 

自分の気持ちを点検して、一度納得したものをまた掘り返していくことは非常に心に負担がかかることもあると思います。

 

ですが、もし一度決めたはずなのにもやもやしたり「本当に良いのだろうか」と感じるような日々を送っているのであれば勇気を出して自分と向き合ってみましょう。

 

向き合い方は人それぞれですが、まずはどういった信念があなたの中にあり、どちらを不利益だと感じているのか、そして本当は自分がどうしたいのか知っていくことが大切だと思います。

 

内観に慣れていない方は、一緒に探しましょう。質問に答えていくだけで自分の信念とありたい自分が見つかっていきますよ。

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今日も最後まで読んでくださりありがとうございました

この記事を書いた人
miho

『アドバイスしないカウンセリング』

自分で問題を解決する力を育てるをテーマに、ワークを使ってカウンセリングしています。 仕事に関する心の悩みを解決するカウンセリングサービスLINKS運営。 3度の飯より飯が好きなお調子者(´・∀・ `)

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